2005年05月11日

小説を書くこと

僕が小説を書くことは生活かな? と考えてみたら、
極めて近いような気がした。

コンビニに行って何かを買うことも、小説を書くことのような気がする。
地下鉄に乗ることも、料理をすることも、体操することも、
それは何かを書くことのような気がする。

小説を書く作業をしているとき以外も、
やっぱり小説を書いている気がするのだ。

常に構想を練っているとか、いつも妄想をはたらかせているとか、
いかなる場所でもネタ探しをしているとか、そういうことでは全然ない。
そんなことは全くないのだが、やはり書いている。
書いている途中にある。

リズムを刻み続けるドラマーは、職業ではなく属性だと、
多分、ジョン・ボーナムも同じ意見だと、
「月に吠える」(『ぐるぐるまわるすべり台』に収録)の千葉君が
言っていたが、それに近いのかもしれない。  
Posted by nakamurakou at 16:34TrackBack(0)

2005年05月10日

生活

欧州出身の力士のインタビュー記事を読んだ。

「相撲は格闘技か、否か?」という問いに対して、彼は、
「相撲は生活っすよ」と答えていた。


『相撲は生活っすよ』。妙に腑に落ちる言葉だ。

力士は朝5時に起き、稽古して、ちゃんこを食べ、昼寝をする。
食べるのも寝るのも、体を作るという目的で行われる。
まさに Sumo is life だ。


寝て、食べて、稽古して、それ以外のことをしているときはどうだろう。

コンビニで買い物をする力士を見たことがある。

「おお、お相撲さんだ」と僕は思った。
同時に僕の隣に居た学生も「あ、お相撲さんだ」と思っただろうし、その隣のカップルも「お相撲さんだー」と思っただろう。レジにいるアルバイトの店員は「やあ、お相撲さんが来た」と思っただろうし、その辺の子供も「すげえ、お相撲さんだ」と思っただろう。

お相撲さんを見て、「お相撲さんだ」と思わない人などいないのだ。
つまり、お相撲さんは、コンビニでも相撲をしているということなのだ。


外を歩く力士は、いつも洗いたての浴衣を着ている。
涼しそうで、爽やか。粋だし、格好いい。
だけどそれはオシャレだろうか? 否。それは相撲だ。

お相撲さんは、いつもびんづけ油の良い匂いがする。
それはダンディズムだろうか? 否。それは相撲だ。


やっぱり「相撲はスポーツっすよ」とか「力士は職業っすよ」
じゃなくて、「相撲は生活っすよ」なのだ。  
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2005年05月09日

ハーン様の遺伝子を継ぐ男

連休が終わり、原稿も無事完成した。

Blogで稽古総見の話を書いていたら、
いつのまにか夏場所が始まっている。

─夏場所。

なかなかロマンチックな響きのある言葉だと思うのだが、どうだろう。
共感していただけないかもしれないが、「球春」なんかよりずっといい。


で、昨日が夏場所の初日。
横綱『朝青龍』は普通に勝っていた。強い。
ごっちゃんですと言わないと駄目だ、と言うだけのことはある。

それにしても、この横綱は本当に強い。
今までの横綱と違って、相撲が楽しくてしょうがない、という感じに強いのがいい。



ところで、歴史上の人物で、最も己のDNAを世界にバラまいたのは、
チンギス・ハーンなのだそうだ。

多分、『朝青龍』は、
かなり色濃くハーン様の遺伝子を継いでいるのではないかと思う。


相撲の話、ちょっとだけ続けます。  
Posted by nakamurakou at 15:06TrackBack(0)

2005年05月07日

ごっちゃんですと言わないと駄目だ。

稽古総見も終盤。
人気力士が登場するため、客席も熱気を帯びてくる。

不甲斐ない大関にヤジを飛ばす人。
「みぃーやぁーびぃーや〜ま〜」と、不思議なフシをつけて声を出す人、
「あしゃーしょーりゅーっ」と、ちゃんと言えてない子供。いろいろだ。

正面の席には、『横綱審議委員会』の方々が並んでいる。
稽古ではなくて、稽古総見だというのは、彼らが見ているからだ。


『申し合い』では、勝ち残った力士の元に、大勢の力士が殺到する。
「次は俺とぜひ!」「いやいや、ここは私と一番」「関取!もう一丁」
「てめえ、俺とやりやがれ、このやろう」「まあ、待て待て、ここは私が」

などと、いろいろな思いがあるのだろうが、
二階席には「あやあやあやあや」としか聞こえない。
もしかしたら中には「Shall we dance?」などと、ウィットの効いた台詞を
かます力士も居るかも知れない。「Shall we dance?」
無理かもしれないが、居て欲しい。


最後に、横綱『朝青龍』の申し合いになった。
露鵬や白鳳が指名され、非常に厳しい相撲が展開された。

もうすぐ始まる本場所では、
「ああ、この対決に注目すればいいのだな」
ということが良く分かった。


力士にとって『申し合う』ことは、
稽古であったり、力試しであったり、政治であったりするのかな、と思った。

観客や委員へのアピールであったり、
若い衆への教育であったり、
もしかしたら、本場所へのセットアップ(餌まき)であったり
するのかもしれない。


あとで新聞を見た。
(デイリースポーツより引用)
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朝青龍は胸を出した時の露鵬の礼儀を欠く不敵な態度に立腹。「横綱が相手をしてるんだからな。『ごっちゃんです』と言わないと駄目だ」と声を荒らげた。だが、綱初挑戦を見据える露鵬は「にらみ合いに気合が入った。横綱でも大関でも、土俵に上がればオレの相手。強い弱いは関係ない」と涼しい顔で横綱の苦言をいなした。
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とのこと。面白い。  
Posted by nakamurakou at 18:51TrackBack(0)

2005年05月02日

稽古総見

両国国技館にて、大相撲の稽古総見が行われた。

そんなに熱心な相撲ウォッチャーでもないのだが、
無料ということもあって、ふらりと観に行ってみた。

マス席は埋まっていたため、二階席から観る。
周りには遠くから来たと思われる方も多い。カップル率は低い。
外国人は多い。


稽古には『申し合い』と『ぶつかり稽古』の二種類があった。
まずは『申し合い』。

相撲を取って、負けた力士は、その場で引っ込む。
引っ込むというより、どけどけどけ、と押しのけられる。
勝った力士の元へは、十人くらいの力士が群がり寄ってくるのだ。

群がり寄る力士は口々に「あやあやあやあや」と言っている。
何と言っているのか正確には分からないが、
要するに「次は俺と、次は俺と」と主張しているのだ。

勝ち残った力士は、その中から一人選んで相撲をとる。
その選び方が何とも言えず、良い。
わらわらと集まってくる力士の中から、
意中の力士に目で合図したり、ちょん、と肩を叩いたりする。
何というかそこには、艶っぽささえ漂う。良い。


次に『ぶつかり稽古』。
こちらには、様式美があった。

おそらくは番付により、胸を貸す力士と、胸を借りる力士に分かれる。
借りる力士は、貸す力士を、土俵際まで、ずずずずっと押す。
それを三往復くらいして、最後に、コテンと投げられる。
これまたキュートだ。いや、キュートと言うより見事。
合気道を思わせる、しなやかな前回り受け身だ。



稽古総見は長い時間行われた。
僕はサンドイッチを食べながら、ずっと眺めていた。
何故だか飽きない。

途中、土産物を見に行き、『軍配ストラップ(玄武)』を買った。


終盤になると、有名な力士が登場するようになった。
『あしゃしょーりゅー』と、子供の声も聞こえる。ちゃんと言えてない。


続く。  
Posted by nakamurakou at 21:48TrackBack(0)