2005年06月14日

北小学生男子百人〜intermission3〜

関ヶ原の林間学校で、もうひとつ思いだした。
メインのレクリェーションでの『古戦場ウォークラリー』でのこと。

岐阜県、関ヶ原と言えば、天下分け目の合戦場。
そこを六人くらいのグループで、順繰りに巡る。
ここは東首塚、次は石田三成陣跡、次は決戦地、という具合に、
山を登ったり下りたり、と1日かけて歩き回る。

チェックポイントにはデスラーとかクニエダセンセーとかがいて、
ハンコを押してくれる。教師ってのはつくづく大変な職業だ。


で、夕方になり、くたびれ果てた各グループは、宿舎に帰還した。
ところが戻って来ないグループが一組あった。
地図もあるのだし、チェックポイントもあるのだから、
戻ってこれないわけはないのだが、三百人を超える小学生となると、
そういう奴らも現れるということだ。

夕飯になっても、テントチームがテントに入る時間になっても、
彼らは戻ってこない。警察の捜査線も引かれ、
先生達による、夜の古戦場ウォークラリー(探索目的)も行われた。
全く教師ってのは大変な職業だ。


長い時間が経ち、結局、彼らは滋賀県で保護されて戻ってきた。滋賀県…。
岐阜県と滋賀県の位置関係はよく分かっていただけないかもしれないが、
近くはない。岐阜県の小学生の精神的な距離感で言うと、滋賀県は異国だ。
ひとまず岐阜県警の管轄外だ。


彼らは古戦場をどこかの時点で離脱し、山を下り、谷を越え、
矢尽き、刀折れ、旗は破れ、最後は滋賀県で保護されたのだ。


「お前らは落ち武者か!」
とデスラーが言ったかどうかは分からないが、僕なら言う。

Posted by nakamurakou at 13:03 │TrackBack(0)

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