2005年03月14日
◎ No Woman No Cry
『喝采、長嶋。しがない作家』(かっさいながしましがないさっか)
でおなじみ長嶋有さんが新刊、『泣かない女はいない』を出した。
文芸誌掲載時に面白く読んだ。特に『愛のフライパン』のところ。
彼はまた「ブルボン小林」という名義で、『ジュ・ゲーム・モア・ノン・プリュ』という本を出したばかりだ。
というわけで、複数の筆名を持つ、ということについて考えてみた。
基本的に『より便利』、『より多角的』、『より自由』というのが利点になると思う。
ある一つの対象に、複数の角度から光を当てる。
これは、もちろん一つの筆名でも出来ることだが、
複数の筆名を使い分けることで、より分かりやすくなる。
最初はノリで始めた『別名』が、人格を持って走りだした瞬間は、
とても愉快な気分だろうな、と想像できる。
こういうのは、作家ばかりではない。
アンドレ・ザ・ジャイアントとジャイアント・マシーン。
マサ斎藤とマサ・サイトー。
武藤敬司とグレート・ムタ。
高田延彦と高田総統。
ケンドーナガサキとランボーサクラダ。
何故かプロレスラーばかり思いついてしまうのだが、
小錦とKONISHIKIとか、
プリンスと元プリンス(変なマーク)とか、
他にもいろいろなケースがある。
というわけで自分の場合を考えてみた。
大量に思いついてしまいそうなので、明日書きます。
でおなじみ長嶋有さんが新刊、『泣かない女はいない』を出した。
文芸誌掲載時に面白く読んだ。特に『愛のフライパン』のところ。
彼はまた「ブルボン小林」という名義で、『ジュ・ゲーム・モア・ノン・プリュ』という本を出したばかりだ。
というわけで、複数の筆名を持つ、ということについて考えてみた。
基本的に『より便利』、『より多角的』、『より自由』というのが利点になると思う。
ある一つの対象に、複数の角度から光を当てる。
これは、もちろん一つの筆名でも出来ることだが、
複数の筆名を使い分けることで、より分かりやすくなる。
最初はノリで始めた『別名』が、人格を持って走りだした瞬間は、
とても愉快な気分だろうな、と想像できる。
こういうのは、作家ばかりではない。
アンドレ・ザ・ジャイアントとジャイアント・マシーン。
マサ斎藤とマサ・サイトー。
武藤敬司とグレート・ムタ。
高田延彦と高田総統。
ケンドーナガサキとランボーサクラダ。
何故かプロレスラーばかり思いついてしまうのだが、
小錦とKONISHIKIとか、
プリンスと元プリンス(変なマーク)とか、
他にもいろいろなケースがある。
というわけで自分の場合を考えてみた。
大量に思いついてしまいそうなので、明日書きます。
Posted by nakamurakou at 11:44
│TrackBack(0)
この記事へのトラックバックURL
http://app.blog.livedoor.jp/nakamurakou/tb.cgi/16322175















